2024年2月15日木曜日

「である」ことと「する」こと 6 -花/果実

 このまま後半(244頁~)の対比もとってしまおう。

 ここから後の本文中にも、「する」論理を表す既出の「不断」「機能と効用を問う」が頻出する(微妙な言い換えも含めて)。

  • 効用と能率原理
  • 有効に時間を組織化する
  • 効果と卑近な「実用」の規準
  • 果たすべき機能
  • 不断に忙しく働いている

 一方の「である」論理・価値を表す語句としてとりあげておきたいのは次のような表現。

  • かけがえのない個体性
  • それ自体
  • 蓄積


 こうした対比を表す表現として「花/果実」という比喩が登場する。

 この比喩によって表される意味合いを説明してみよう。


 この比喩が「である/する」に対応することは文脈からわかる。文脈の論理を正しく追えていることは、評論の読解には必須条件だ。

 それと、語句の意味合いとを対応させる。なぜ「花」が「である」で、「果実」が「する」なのか?


 いくつかのクラスで次のような説明が発表された。

  • 花は果実になる過程であり、果実は結果だから。
  • 花は見るだけだが、果実は食べられるから。

 前の説明は「する」=「業績」となじむが、「プロセス」と相反する。

 後の説明は「食べる」が「する」なのはいいとして、「見る」はなぜ「する」ではなく「である」なのかが不明確。

 さてどう言ったらいいか?


 「果実」には、「おいしい」とか「栄養がある」などという「効用・効果・実用性・機能」がある。

 一方「花」は食べられない。「効用・効果・実用性・機能」的価値よりも、そこに「美」を見出す者にとっては「それ自体」に価値がある、と言っているのだ。

 こんなふうに、文中から挙げられている「である/する」を表す語句を使う。挙げる語句の有用性は、説明や考察に使えるということだ。



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