「私」が奥さんに、お嬢さんとの婚約を談判したのは、Kが自殺する土曜日から遡る五日前の月曜日であると結論しよう。
だがまだ解決されない疑問が残っている。
「五、六日」と「二、三日」の始まりがともに④の「奥さんとの談判」であり、「五、六日」の終わりが⑥であることに納得したとしても、「二、三日」の終わりが何なのかはまだ示されていない。
「二、三日」と「五、六日」が連続しているとすると、「二、三日」の終わりは「五、六日」の始まりだ。それを区切る、言わばカウンターをリセットするイベントが見当たらないから、両者は連続しているのではなく重なっていると見做したのだが、ではなぜ「二、三日」という途中経過が語られるのか?
「二、三日」の終点とは何か?
期間の始点と終点という切り口ともう一つ、継続という切り口では何が考えられるか?
時間経過が示されるにあたって何が継続しているかを判断するためには、ある程度の視野で展開を一掴みに把握する読解力が必要とされる。
期間中に何かが継続しているということは、裏返せば、その前後と何らかの差異があることを意味する。
前との差異は「談判」以前と移行だから明らかだ。となると問題は後ろとの差異だ。
「二、三日」という日程が示されることの意味は、その終点でカウンターを確認した、そこまでの「二、三日」とそれ以降に何らかの質的な差違があることを意味する。
だが、あれこれ悩んで、ためらって、迷って、というなら、④から⑥の間はずっとそういう状態が継続している。
では一体何が変わったというのか?
この問いかけに対しては、④月曜から⑥土曜の間に、重要なイベントがあったことが想起されなければならない。既に確認されている。⑤だ。暫定的な想定によればこれは木曜日の出来事だ。
ということは、「二、三日」は④から⑤までに対応し、⑤から⑥が例の「二日余り」なのではないか?
とすれば「二、三日」と「二日余り」を足したものが、④月曜から⑥土曜までの「五日」であり、「二、三日」は、この「二日余り」と「五、六日」の関係を読者に理解させるための補助的な役割を担っているとも言える。
だがそのために、作者がわざわざこの途中経過を書き込んだのだと考えるだけでは不十分だ。この途中経過は「私」にとっても意味がある。
それは何か?
ところで「二、三日」と「二日余り」の質的な差に注意しておく必要がある。何か?
「二、三日」は一日単位で数えられているが、「二日余り」は一日の内部がさらに細かく分解しようとしている、と言ったのはF組Y君。
これも考慮すべき視点だが、もう一つは、「二、三日」は前から数えていった日数であり、「二日余り」は後ろから遡って数えた日数だという点も指摘しておきたい。
月曜日から順に「二、三日」とたどる主観と、土曜日から逆に「二日余り」と遡る思考が木曜日で出会う。その時、この5日間に起こったことを、裏表で重ね合わせることが可能になる。
「二、三日」と「二日余り」の境目に⑤があるとすると、その前後、「二、三日」では④談判の事実をKが知らないが、「二日余り」では知っている、という差異が指摘できる。
だが、Kの態度は変わらなかったと明言されている。では「私」がその違いによって「二、三日」と期間を区切る必然性はない。
いやだが「こころ」下は遺書だ。つまりKがどの時点で知っているかは、遺書の書き手である先生にはわかっているはずだ。
それでもやはり、遺書を書く「私」の認識が「二、三日」という記述に反映されていると考えることはできない。
「こころ」の下は確かに建前上は遺書という設定にはなっている。だが実際の文章のほとんどは、現在進行形の大学生「私」の意識によって記述されている。すなわち普通の一人称の小説のように読める。「私」が後からわかったことも、その時点ではまるで気づかないように書かれている。
だからこの「二、三日」は、現在進行形の「私」の意識に生じたものであり、逆に遺書を書く「私」が現れているとすると、こんなふうにわかりにくい形で書く意味がない。
だがこの、Kが知らないか知っているかという違いが木曜を境に生じていることは、読者は認識しておくべきではある。
では渦中の「私」にも気づくような変化はないか?
ある。奥さん(やお嬢さん)の態度の変化だ。
④の後の「二、三日」は、「その上奥さんの調子や、お嬢さんの態度が、始終私を突っつくように刺激するのですから、私はなおつらかったのです。」という状態だ。
この奥さんの「調子」が、「二、三日」の終わりに変化する。奥さんは「私」を「突っつく」のを止めたと考えられる。
なぜ?
自分でKに婚約成立の事実を告げたからだ。
この奥さんの心理は想像しておく価値がある。すぐれて「文学的」な読解だ。
奥さんが「私」を急かしていたのは、婚約の成立を早くオープンにしたいからだ。だが「私」はその件を口にしない。月曜日は照れくさいのかもしれないが、火曜・水曜と一向に話題が上らない。業を煮やした奥さんは自らKに知らせてしまう。⑤だ。
婚約の事実は、もはやKにも知れた。これでもうこの話題はオープンな場で語られるはずだ。
そう思って待っていると、木曜・金曜、やはり一向にその話題は語られない。奥さんは不審に思いつつ「私」とKの態度を、探るように観察しているはずだ。それが⑤から⑥までの「二日余り」。
そして土曜日、奥さんはこの件が「私」とKの間で共有されているかどうかを「私」に確認する。「私」がまだ話していないことがわかる。
この後、Kの自殺が奥さんに衝撃を与える。奥さんは自分の⑤および⑥が、何らかの意味でKの自殺のきっかけになっているのではないかと恐れおののいているのだ。
この奥さんの心理についての推測は強い妥当性をもっていると考えられる。となればなるほど、奥さんの態度は確かに⑤を境とする「二、三日」とそれ以降で変化するはずだ。
だが改めてそう考えてみるまでは、読者にとっても全く想像の範囲外にある。「こころ」が「私」の視点から見た物語として書かれているからだ。
したがって「私」がこのことに気付いているかといえば怪しい。奥さんがいつの間に「突っつく」のをやめたのかは、それが明示されていない以上、「私」の意識に強く浮上したとは考えにくい。だから、このことをもって「二、三日」の終わりが意識されていると考えるのは穿ち過ぎだろう。
だがこの奥さんの態度の変化があったろうことに気づくことは、この状況について考えるための情報が的確に把握されているということだ。素晴らしい。
では漱石はなぜ「二、三日」という途中経過を書き込んだのか?
この点にも関わる、もう一つの注目すべき着眼点が以前に授業をしたときに生徒から提出された(今年はこちらから提示したクラスが多いが、自分で気づいた者はえらい)。
「五、六日たった後、」の直前の次の一節。
同時に、どうしても前へ出ずにはいられなかったのです。私はこの間に挟まってまた立ちすくみました。
ここで注目に値するのは?
「また」だ。
「また」という反復を表わす副詞は、ある「立ちすくみ」と別の「立ちすくみ」が並列されていることを示している。読者がその並列を理解できることが前提されている。
⑥にいたる「立ちすくみ」と対置される「立ちすくみ」とは何を指しているか?
「また」が示す「対置・並列」について、以前の生徒たちからは、次のようなアイデアが提示された。
第一の「立ちすくみ」とは④「談判」以前を指していて、談判以降が第二の「立ちすくみ」なのだ。
「私」は④以前も、自分もお嬢さんを好きだとKに言わなければならないと感じているのに言えずにいた。そして行動を起こした④の談判=婚約の成立以降は、いよいよ言わなければならないという圧力は高まったというのに、それでも言えない。
④以前と④以降を対置して「また」といっているのだという解釈は、このように可能ではあるが、妥当性は低いと思われる。
この解釈には長い文脈を一掴みにする力強い把握が必要であり、読者にそれだけの視野を要求するのは無理だ。
ここまでくれば「また」の並列と、「二、三日」とそれ以降の差異とを結びつけるという発想は容易に浮かぶ。
「二、三日」が第一の「立ちすくみ」であり、⑤を境とする以降5日目の土曜までの残り二、三日=「二日余り」が第二の「立ちすくみ」なのだ。
これらはなぜ区切られ、対置されるのか?
二つの「立ちすくみ」にはどのような差異があるのか?
そのように読むためには、そうした解釈を導く本文の記述に基づく必要がある。
そう考えてみたとき、にわかに一つの記述が注目されてくる。
そして二段落の冒頭(136頁)は次のように始まる。
私は仕方がないから、奥さんに頼んでKに改めてそう言ってもらおうかと考えました。
「そう言ってもらおう」というのは、お嬢さんとの婚約が成立したことを奥さんからKに伝えるという意味だ。
だがこの思いつきは「しかしありのままを告げられては、直接と間接の区別があるだけで、面目のないのに変わりはありません。といって、拵えごとを話してもらおうとすれば、奥さんからその理由を詰問されるに決まっています。」と続く思考によってすぐに打ち消されてしまう。だから、読者にとってはこれも5日間の逡巡の一過程に過ぎないものとして読み流されてしまう。
だが、「また」が示す並列を穏当に解釈するならば、この前後が第一/第二の「立ちすくみ」を指していると考えるのがすっきりする。
つまり一段落の葛藤は、そのまま形式的に「二、三日」の期間を示し、これが第一の「立ちすくみ」を指し、二段落が「また」と対置される第二の「立ちすくみ」を示すのだ。
自分で言おうと思って言えずにいるのが第一の「立ちすくみ」。
奥さんに言ってもらおうかと考え、やはりそれもできずに動けなくなるのが第二の「立ちすくみ」。
これが、「私」の主観から見た「二、三日」とそれ以降を区切る差異だ。
さてこの主観と、背後で起こっていた出来事を重ねてみよう。
恐るべき皮肉な事態が起こっていたことがわかる。
「私」は「奥さんに…言ってもらおうかと考え」、だがもっともらしい理由を付けた逡巡の挙げ句にその実行をやめた。
ちょうどその頃、「私」の知らないところでまさに奥さんはそれを実行してしまっていたのだ。
なんたる皮肉な運命のすれ違い!
詳しくは後の授業で再検討するが、「私」がKに言わなかったことがKの自殺という悲劇を引き起こした最終的な要因なのだ。
「私」が逡巡に打ち勝って直接Kに婚約の件を話していれば、そうでなくとも少なくとも「私」の依頼によって奥さんからKの知るところとなっていれば、おそらく悲劇は回避されていた。
問題は談判したこと、ではない。談判したことを奥さんがKに伝えてしまい、かつそのことを「私」が知らないまま過ごした「二日余り」こそ、Kの身に起こった悲劇を理解する重要な要素なのだ。
そう考えると、漱石がさりげなく置いた「二、三日」という途中経過にこめた、あまりに大きな運命の皮肉に、あらためて驚かされる。




