さらに問いを言い換えよう。言い換えのバリエーションは論理の結びつきの可能性を高める。
「なぜ引剥ぎをしたか?」という問いを、引剥ぎの実行の直前の本文の記述を使って言い換えよう。
最初にも確認したとおり「なぜ盗人になったのか?」は避けたい。それは解釈が既に含まれてしまっている。
それよりも本文の言葉を使うなら「なぜ勇気が生まれてきたか?」だ。実際、ここまでの授業でも何度もそのような言い換えが、特に意識することなくなされてきた。この表現は「なぜ引剥ぎをしたか?」と完全に置き換えが可能で、なおかつ本文に即している。
そしてさらに次の言い換え。
「なぜ勇気が生まれてきたか?」を裏返すと、どのような問いに言い換えられるか?
「裏返す」の意図がよくわからないが、聞いてみれば思いつく者はいる。
「なぜ今までは生まれなかったのか?」は悪くない。が、もう一歩。「今」とはいつ?
この「勇気」は「さっき門の下で、この男に欠けていた勇気である。」と説明されている。すなわち「なぜ勇気が生まれてきたか?」は次のようにと言い換えられる。
門の下ではなぜ勇気が出なかったのか?
これで論理の結びつく可能性は高まる。
さらに誘導する。
最初の「a.正義/b.悪」の拮抗は、実は等分な選択肢として下人の前にあるのではない。abが引き合っている、などと言ったのはミスリードだ。
門の下で下人が置かれていたのは、どのような力とどのような力の拮抗か?
「飢え死にをするか盗人になるか」という表現は本文にも出てきているが、これが既にミスリードだ。
下人は何もないまっさらな状態からこの選択肢の前に置かれて迷っているわけではない。現状このままではa「飢え死に」してしまうのだから、下人にとってはb「盗人になる」を実行できるかどうかが問題だ。
とすると、拮抗しているのは、bを実行する力(①)とaの引力もしくはbの抗力(②)だということになる。
盗人になる実行力①→
飢え死に/盗人
正義/悪
←②正義感+悪への抵抗感
バランスが変わるとすれば、この右へ向かう力①と左へ向かう力②のどちらか強くなるか弱くなるか、だ。
どちらであるかは明らかだ。①が変わっているわけではないことは直観的にわかる。①が変わるとは例えば「極限状況」が物語の後半に向かって高まっていくような変化によってだろう。それは確認したとおり描かれていない。とすれば②が変わったということだ。
この拮抗がバランスを変えたのは、どの時点で、何によってか?
最初に左に振り切ったのは、最初に「憎悪」が心に燃え立った時だ。これは老婆の行為を目撃したことによる。この時急に②が強くなって①を完全に凌駕してしまう。
問題は右に振り切った時だが、これは厳密にはいつか。その変化を引き起こした契機が老婆の長広舌だと考える一般的解釈によれば聞いた後ということになるが、それよりも前に契機があるとすれば、二度目の「憎悪」の時点しかない。つまり具体的には老婆から髪を抜く理由を聞いたことによってだ。
繰り返すが、それは①が強くなったわけではない。
②が弱くなって、①が優勢になったのだ。
バランスの変化の局面には同じ「憎悪」がある。②の力は「正義/悪」の力の釣り合いの変化で強さが変わる。それがどのようにして起こるのかを明らかにすれば良い。
この二度目の変化がなぜ起こったかという問いは、最初の問い「なぜ引剥ぎをしたか?」に他ならない。
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