詩の最初の場面、語り手は室内にいるか、屋外にいるか?
どちらが正しいかを考えるより先に、まずは両方の読みを確実に掴むことが重要だ。
想像してみる。熱に苦しむとし子の病床の傍らで、賢治が己の無力さをかみしめつつ「いもうとよ」と呼びかける。窓の外を見て「みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ」と心の中で妹に語りかける(これらの詩句が、直接口に出され、妹に語りかけられたものだとは考えにくい)。窓の外の空を見上げ、みぞれが降ってくる様子を語り、それから「陶椀」を手にしてみぞれを採りに「おもて」に飛びだす。
一方、あらたに想像しようとしているのは、はじめからみぞれの降る庭先に立つ賢治の姿だ。「わたくし」は暗い雲の下に佇んで、そこから室内の病床に横たわる妹に「けふのうちに/とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ」と語り始める。今しも「おもて」にいる語り手が、さっき明るい室内から見た時の印象と違ってここは「へんにあかるいのだ」と表現しているのだ(庭先から語りかけているのだから、こちらももちろん心中語)。
驚くべき認識の変更が訪れないだろうか?
二つの読みを主張する者の割合は前述の通り甚だしく偏っているが、それは読みの妥当性を証明するわけではない。双方とも語り手が室内にいるか屋外にいるかという二つの解釈の可能性を考えた上で選んだものでは、おそらくない。単にそうした解釈しか思い浮かべていなかったというだけなのだ。
授業の意義はここにある。それぞれ読者は、何かきっかけがなければ自分の「読み」を相対化することができない。自分の中に生成された「読み」は、あらためて自覚的に考え直さない限りは絶対的なものだ。
だからこそ、自分以外のものが周りにいて、それぞれの「読み」を提出しあうことに意味がある。
少数の「語り手は始めから外にいる」という読みをした読者もまた、実は自身が少数派であることを知らずにいる。
それどころか、おそらくそのように読んだ者も、「語り手はどこにいるか?」という問いかけによって、はじめて最初から外にいる語り手の姿が想像されているという自らの読みを「発見」するのだろう。
そしてその発見が自覚的でない場合、議論をしているうちに、周囲の多数派の「室内にいる」という疑いのない前提に触れると、たちまち自分の「外にいる」という感じを撤回して(あろうことかそれを忘れてしまいさえして)、「室内にいる」前提の議論に巻き込まれてしまう。
それは残念なことだ。
どんな可能性も、まずは根拠に基づいて検討されるべきなのだ。
どちらかの「読み」を正解として理解することが学習ではない。
そんなことを「教える」気は、授業者にはない。問題はそうした読解の適切さの検討だ。
最初から外にいるという説を聞いた時に、「室内」派が反論として挙げるのは、「みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ」という一節だ。外にいたら「おもては…のだ」とは言わない、と彼らは主張する。
これは実は因果が逆転している。語り手が室内にいると主張する者は、「おもては」によって室内であることを確信したのではなく、室内だという想像の後に「おもては」という言説を理解し、得心しているのだ。「おもては」から限定的に室内であることが想像される蓋然性はない。前提を留保し、虚心坦懐に、屋外にいるところを想像してからこの詩句を読めば、それが何ら不自然でないことは理解できるはずだ。
そもそも語り手が室内にいるという読解はどのように生じたのか?
ひとつの有力な要因は11~12行目「わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに/このくらいみぞれのなかに飛びだした」だ。ここで「飛びだした」のだから、そこまでは室内にいたのだ。
一方語り手が最初から屋外にいると読んだ者は、この部分をどう考えるのか?
回想と考えればいい。今現在屋外に佇む語り手が、自分が今「おもて」にいる事情を回想しているのだ。「わたくしは」さっき「飛びだし」て、今「みぞれのなか」にいる。
このように、最初から屋外にいたという解釈が可能であることを示すことはできるが、それがただちに屋外であることの根拠になるわけではない。そうも考えられる、というだけだ。
「『飛びだした』とあるからそこまでは室内にいるのだ」という説明もおそらく、やはり因果が逆転している。読者は「飛びだした」を根拠として、そこまでを「室内にいる」と読んだわけではない。読者からしてみれば、明示されていないのに、語り手が「おもて」にいるという想像をすることはそもそも不可能なのであり、妹の危篤状態という詩の中の状況が把握されるのと同時に、病床につき添う語り手の姿が自然に想像されているということなのだろう。そうした想像を「このくらいみぞれのなかに飛びだした」以降が屋外なのだ、という確認が補完する、というのが実際のところなのだ。
では、最初から外にいるという読みはいったいどこから生まれたのか?
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