仮説1「Kが自殺しようとしていたことを示す」の問題点を検討しよう。
素朴な疑問としては、この晩に自殺しようとして実行に至らなかったとして、実際に自殺するまでの12日間をどう考えたらいいのか、という問題がある。
この晩は「私」が目を覚ました。では翌日以降もKは同じように襖を開けて「私」の眠りを確認したのだろうか?
これはありえない。
翌晩以降もKが同じように「私」の眠りを確かめるべく声をかけたのなら、そのうちいずれかの晩には「私」は目を覚ますはずだ。そうしたらそのことが記述されないはずはない。記述がないということは、そのような事実が小説内に存在しないということだ。
それよりも、そもそも「私」が目を覚まさなかった夜があったとすると、上記の論理からいえばKはその時点で自殺してしまうはずだ。例えば翌日にでも。
とすると、この論理から言えば、次にKが襖を開けたのは自殺を決行した12日後の晩ということになる。
この12日間は何を意味するのか? この間、Kは何を考えていたのか?
あるいは、次のような疑問もある。
襖を開けて名前を呼ぶのは「私」の眠りの深さを確かめたのだということは、つまり自殺の実行にあたっては「私」が目を覚ますことは不都合だということを意味する。
ならば、わざわざ襖を開けて、隣室で眠っている者の名を呼ぶのは、むしろ目的に反している。眠っていてほしいのに、なぜ起こすのか?
眠りの深さを確かめるだけなら、襖を閉めたままでも確認はできる。119頁では「私」とKは襖越しに会話を交わしている。
これらの疑問・反論に対して、さらなるアイデアの追加によって新たな解釈の可能性を示す者がいる(今年でいえばA組のSさん、C組のOさん他)。
むしろKは「私」が目を覚ますことで決行を延期したかった、つまり「私」に止めてもらいたかったのだ。「眠っているかどうかを確かめる」という、いわば自身に対する建前の奥にある迷いによって、むしろ「私」を起こそうとしたのではないか。
この解釈は、もしも「私」が目を覚まさなかったら、Kはこの晩に自殺してしまったのではないかという魅力的な解釈を補強する。
一方でこの解釈は「覚悟」という言葉の強さと不整合にも思える。「覚悟」と「迷い」はなじまない。
また、この時のKの声が「普段よりもかえって落ち着いていた」という形容との間にも新たな不整合を生ずる。
先に、小説内の全ての要素は整合的に解釈されるべきだと述べた。このエピソード全体が、それをどう解釈すべきかにわかにわからないが、同時に次の記述は、にわかには位置づけるべき文脈の見当がつかず、宙に浮いているいわば「ノイズ」となって、このエピソードの意味をにわかにはわからないと感じさせている。
①「彼の声は普段よりもかえって落ち着いていたくらいでした」という描写
②「私」に対するKの「近頃は熟睡できるのか」という問い
③翌朝の登校途中の、「私」の問いかけに対するKの「強い調子」の否定
三点とも、これらの記述から浮かぶKの心理は謎めいている。それらを何事かの文脈・論理に位置づけなければならない。
②が仮説1の発想の元になっていることは既に言及した。
①についても、自殺の「覚悟」ができているゆえの「落ち着」きなのだと考えれば仮説1となじむ。
だが新たなアイデアでKの「迷い」を想定してしまうとにわかに①と不整合になってしまう。
③については、まだ未検討だ。
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