授業前の宿題として次の二つの問いについて考えておいた。
問1 「こころ」の主題は何か?
問2 Kはなぜ自殺したか?
なぜこの二つの問いなのか?
これまでの「羅生門」「I was born」「夢十夜」でも、最初に問1を投げかけた。
繰り返し言っている通り、主題・テーマというのは、その物語をどう捉えたのかという、把握の「表れ」だ。それはどういう話? と聞かれた時の答え方だ。
だからこれが、テキスト読解にとっての最大の問いであることは、まあ当たり前と言えば当たり前だ。授業でもここを目指して読解を進め、ここへ収束するように考察する。
これは、元々そのテキストに主題が内在している、というのとはちょっと違う。確かにその「可能性」はテキスト中にあったかもしれない。だがなにはともあれ、それをそのように捉えた受容者がいなければ主題は存在しない。
ということは受容者によって主題はさまざまな形をとりうるということだ。
だがそれは何でもアリなのだということではない。それはそのテキストの可能性の範囲内で適切でなければならない。そうでなければ、そもそも受容ですらない。
一方、「どういう話?」という問いかけに対して、粗筋を語ることもできる。粗筋は具体レベル、主題は抽象レベルで、それぞれ「どういう話」かを語っている。
教科書の収録部分で「こころ」を読み、その粗筋を語ろうとすると、終わりはKの自殺で締め括られる。その時、その自殺がどのようなものかについて語らないということはありえない。唐突にKが死んだとだけ付け加え、そこに至る因果や必然性がまるで示されてなければ、相手は「なにそれ?」と言うだろう。
となると、何らかの形で、その死がどのようにもたらされるかを語っているはずだ。
紹介の聞き手どころか、そもそもそれぞれの読者の「こころ」という小説の把握は、この、Kの死の把握に基づいている。Kの死はこの物語にとって最大の事件であり、そこまでの展開がそこへ収斂するように意味づけられる。読者はそのようにこの物語
を捉えるはずだ。
したがって、「主題」と「自殺の動機」は論理的に整合していることになる。物語の展開の必然性として「自殺の動機」を把握し、それを抽象化したものが「主題」なのだ。
みんなは「こころ」をどのように捉え、それをどう表現しただろうか?
自分で考え、表現してほしいが、その後で調べてもほしい。ネット検索でもAI検索でも。
世間では「こころ」はどういう話だと思われているか?
そこには高頻度で、ある外来語が登場するはずだ。それは何?
文庫本には裏表紙やカバーの折り返しに簡単な内容紹介が載っている。
「こころ」のは例えばこんな感じ。
- 友を死に追いやった「罪の意識」によって、ついには人間不信に至る近代知識人の心の暗部を描いた傑作。(ちくま文庫)
- 近代知識人のエゴイズムと倫理観の葛藤を重厚な筆致で掘り下げた心理小説の名編。(講談社文庫)
- エゴイズムと罪の意識の狭間で苦しむ先生の姿が克明に描かれた、時代をこえて読み継がれる夏目漱石の最高傑作。(角川文庫)
- かつて親友を裏切って死に追いやったという過去を背負い、罪の意識に苛まれつつまるで生命を引きずるようにして生きる「先生」(岩波文庫)
- 文豪・夏目漱石が人間のエゴイズムに迫った名作(イースト・プレス)
これらは「こころ」は「こういう話」だと紹介しつつ、読者の購読意欲を喚起する惹句でもある。
あるいは高校生が教科書とともに購入する「国語便覧(国語要覧・国語総覧)」の類ではこんな風に紹介されている。
- 人を傷つけずにはおかぬ恐ろしいエゴイズムと、それゆえに犯した罪に対する苦悩、そして死をもっての清算を描いた作品。(浜島書店)
- 人間のエゴイズムを追及した(数研出版)
- 近代人のエゴイズムが絶望に至る過程を描いて見せた作品。(第一学習社)
- 恋愛と金銭の問題をめぐる人間の我執(エゴ)を鋭く追及しつつ、日本近代への批判をも提示した作品(大修館書店)
- 人間が持たざるをえないエゴイズムの醜さと、それを救済するには死以外にはないとする、明治の知識人の苦悩が描かれている。(東京書籍)
あるいはおなじみの「Wikipedia」ではこんな感じ。
人間の深いところにあるエゴイズムと、人間としての倫理観との葛藤が表現されている。
これらに頻出する言葉は一目瞭然、「エゴイズム」だ。
「エゴイズム」?
一般的には「利己心・利己的・自己中心」などという意味で理解されている。「こころ」本文中にも「利己心」という言葉が登場する。
「文学」はこの「エゴイズム」がどうにも好きで、「羅生門」も「生きるために人間が持たざるをえないエゴイズムを描いている」などと一般的には言われている。来年読む「舞姫」も「エゴイズム」で語られる。へたをすると「山月記」もエゴイズムで語られる。
では、さしあたり「こころ」のテーマを「エゴイズムと倫理観との葛藤」と表現しておくとして、「エゴイズム」「倫理観」「葛藤」とは、具体的に「こころ」のどのような点を指しているか?
「なんとなくわかる」と「的確に表現する」の間には大きな差があって、上のテーマにうなずく人も、聞いてみると胡乱な表現をするケースが授業では頻発した。
「エゴイズム」は「友人を裏切ってでもお嬢さんを自分のものにしたい」「お嬢さんを自分のものにするために友人を裏切る」くらいに表現しておけばいい。
「倫理観」は、そうした裏切りは良くないことだとする感覚。観念。
両者は複雑にからみあい(「葛藤」し)つつ、ぶつかり合う。
「こころ」はこうした「私」の葛藤が描かれた小説だ。