今回の小説読解では、高校3年目にして初めて、最もありふれた条件で「登場人物の気持ち」を考える。
だがやはり今回もまた、考察には複数の抽象度の問題を重ねるのが有益な体験となる。「気持ち」=心理を考えるだけでなく、その「意味」を考える。
「下人はなぜ引剥ぎをしたか」「父親はなぜ突然蜉蝣の話をしたか」などという問いは、最終的には作品のテーマとして語られなければならない。それがその作品にとっての最大にして最低限の問いならば。
すなわち、考察対象とする、家に戻ってからの場面がどのような場面であると捉えれば良いのかを抽象化して表現しようというのだ。
この点について、8クラス目のG組の授業でとうとうヒントを出してしまった。どうにも埒が開かないのを見かねて。
ということで全クラスにこの情報を公開する。
ルートの心理を分析する上で考慮すべき問題を整理しよう。
①なぜ「とたん」なのか(態度の急な変化のわけ)?
②なぜすぐに理由を言わなかったのか?
③なぜ「私」言ったときにすぐには怒らなかったのか?
④涙についての形容はどういうことか?
⑤野球中継が意味するものとは?
⑤が意味するものは比較的明らかだ。タイガース選手の劣勢からのサヨナラ勝ちという展開は、明らかに事態の好転を意味している。つまりこの場面は全体としてハッピーエンドへ向かって決着していると読める。
必ずこのことを確認しておく必要がある。つまり、ルートの怒りが母親に向かって爆発することは、物語にとって何かしら「良いこと」なのだ。
もうひとつ。④も考えやすい。
④「かつて目にした」「涙」と目の前の「涙」の違いは何か?
今までの涙は「私が拭うことのでき」る「涙」であり、この時の「涙」は「拭うことのできない場所」で流される「涙」だ。では「私が拭うことのできない場所」とはどこか?
どこで流される涙ならば「拭うこと」ができるのか?
それが「私が拭うことのできない」涙であることは、このシークエンス全体がハッピーエンドであることから考えて、何かしら好ましいことであるに違いない。
そしてそれは「男の涙」と形容されている。
ここから考えられる「この場面の意味」は明らかだ。
この場面の「意味」を1語ないし2語で表現してごらん、と問うたところ、G組N班から「ルートの自立」というフレーズが挙がった。
そう、この場面はルートの「自立(あるいは成長)」を意味していると考えられる。
この言葉が想起できるかどうかが、論理を組み立てる上で決定的に重要なのだ。
だが、このルートの怒り・悲しみがどうして「成長・自立」を意味していると考えればいいのか、その論理を構築するのは、それはそれでたやすくはない。
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