2022年11月1日火曜日

夢十夜 8 「第一夜」の文体の特徴

  さらに小説を読むとはどのような行為かを考える。

 「物語」として読むことが可能な「第一夜」は、主題を考えるのではなく、その小説としての魅力の源泉について考えてみたい。

 注目すべきは文体の特徴である。


 小説の要約においては「物語」的な因果関係を把握する必要がある。「欠落」と「回復」という骨組みを示せれば、ひとまずは端的な要約ができる。

 さて、こうした要約において抽出したいわば骨組みと、完成された元の作品の間にあるものが何なのかを考える。

 作品とは骨以外に何でできているか?


 「第一夜」の冒頭を次のように音読して聞かせた。

枕元に坐っていると、女が、もう死にますと言う。死にそうには見えない。しかし女は、もう死にますと言った。自分もこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、ときいてみた。死にますとも、と言いながら、女は眼を開けた。その眸の奥に、自分の姿が浮かんでいる。

 これは原文とどう違うか?

腕組みをして枕元に坐っていると、仰向きに寝た女が、静かな声でもう死にますと言う。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。真っ白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色はむろん赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますとはっきり言った。自分も確かにこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗き込むようにしてきいてみた。死にますとも、と言いながら、女はぱっちりと眼を開けた。大きな潤いのある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真っ黒であった。その真っ黒な眸の奥に、自分の姿が鮮やかに浮かんでいる。

 授業ではこの変更を二段階に分けて読み聞かせた。

 まず太字部分、「静かな」「長い」「柔らかな」「真っ白な」「温かい」「はっきり」「ぱっちり」「鮮やかに」などを抜いた。

 次に下線部「腕組みをして」「女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。真っ白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色はむろん赤い。」などを抜いた。

 これら太字部分と下線部は何か? 何を削ったのか?

 太字については「修飾」が削られている、という意見が圧倒的に多かった。悪くないが「修飾」という概念はちょっと広過ぎる。
 下線部は「様子」や「状態」を表す部分だ。これも悪くない。
 だがより的確に言うなら「形容」「描写」がいいか。どちらもサ変動詞にできる。
 太字は、品詞としては形容詞・形容動詞・副詞・連体詞など、ある動詞や名詞を「形容」する一単語だ。
 下線部は映像的「描写」。何をした、何が起きた、というだけでなく、それがどんな「様子」だったかを視覚的に伝える情報だ。
 もちろん「形容」と「描写」の境目は明確ではないが、ともかくも例えば「形容」「描写」という言葉で表現できるかどうかもまた国語の力だ。

 さて、「第一夜」から、取り除いて前後を詰めてしまってもストーリーの把握の上で支障のない「形容」および「映像的描写」を削除してみよう。タブレット上でテキストを一度コピーして、その一方をいじる。元のテキストは残しておく。
 「取り除いてもかまわない」かどうかというのは判断が揺れる。また「形容」と「映像的描写」も厳密な区別ではない。
 だから「正解」は一つに決まらない。だがともあれ、考えることで、この小説の文体の特徴を実感することができる。
 できあがったら隣の人と読み合って、互いが消した部分の違いを比べてみる。そこも消せるのか、そこを削ると話がつながらなくなるよ、などと話し合ううち、この小説の特徴が炙り出される。
 この作業を通して浮かび上がるこの小説の文体の特徴とは何か?

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