本ブログの更新を終了する。
前項の後は「特別講座」で「舞姫」と「檸檬」の読み比べをした。ほんのちょっとだけ「羅生門」との読み比べに言及したクラスもある。これらについても、過去に文章化したものはある。→https://gendaibunkyousitu.blogspot.com/
だがこれを今年度版に書き直して更新することに費やす時間は、もうそれらの授業が終わって3ヶ月以上経ってしまった今となっては、ちょっと虚しい気もしている。
それよりも書き残しておきたいのは、年明けにやった特別講座Ⅱだ。クラス単位で展開した、センター試験の小説問題の読解もそれなりに楽しかったが、その後、選択者対象に開講したⅡは得がたい経験だった。
共通テスト直前の4日間、毎日2時限通しだから、計8時限分―2単位では1ヶ月あまりにあたる―授業時間を、わずか4日間で駆け抜けたのだった。「こころ」や「舞姫」は、10月から年末までで17~8時限で展開したから、その半分ほどの授業時間だ。それが4日間。結構な手応えだ。
基本は毎日2時限で完結しつつ、ゆるやかに前日の内容も参照する、といった展開だった。以下、詳細な考察は割愛するが、概要を記しておく。
1日目
- プラスチック膜を破って(梨木香歩)
- 異なり記念日(齋藤陽道)
- 未来をつくる言葉(ドミニク・チェン)
- ある〈共生〉の経験から(石原吉郎)
年末の紅白における星野源の「ばらばら」に絡めて予告した「分断と多様性、そして共生」を通底するテーマとして読み進んだ。1,2は心震えるエッセイとして是非読んでもらいたかったので、ここで取り上げられて良かった。
2年時に読んだ「未来をつくる言葉」もこのテーマの中で再考した。
2日目
- バイリンガリズムの政治学(今福龍太)
- ファンタジー・ワールドの誕生(今福龍太)
- ピジンという生き方(菅啓次郎)
今福龍太は唯一「文学国語」「論理国語」両方に文章が収録されている文化人類学者。ここでは異文化との「共生」がモチーフになっていて、前日のテーマを継承しているともいえる。
2は「観光」がテーマだったが、そうしたテーマの文章が3日後の共通テストの大問1でも扱われたので、受講者は問題文の主題を把握しやすかったと思う。新聞で問題を見て内心、快哉を叫んだ。
3日目
- ファッションの現象学(河野哲也)
- 広告の形而上学(岩井克人)
- 過剰性と稀少性(佐伯啓思)
- 贅沢のススメ(國分功一郎)
- 貨幣共同体(岩井克人)
2は1年時の「現代の国語」収録の文章。4は「ちくま評論選」収録の文章で、「論理国語」の「暇と退屈の倫理学」(パンとバラの話の)と同じ書籍の中の文章。
1、2日目とは何人かメンバーが入れ替わっての3日目。2時間で5本の評論を読むのはかなりきつい。さらに「他者の欲望を模倣する」(若林幹夫)なども話題に上がった。
「広告の形而上学」は1年の時に、授業数に余裕のあった3クラスでのみ読んだ。講座の受講者には、読んだ覚えのあるという人も多かった。これと1を読み比べる。
とりあえず「ファッション」と「広告」が対応していることがわかる。その共通性を捉える。
それだけではなく、2は「広告」と「貨幣」と「言語」が共通の論理で括られているのをガイドに「ファッション」まで通観する。言語を扱うとなれば昨年度の言語論の考察が活かされるはずだし、毎度毎度のスキーマとゲシュタルトも繋がってくる。
それら四つのモチーフは、象徴性・虚構性・恣意性などといった言葉で繋げられる。そこから3の「過剰性」につなぎ、「過剰」から4の「贅沢」に繋げる。
5も、単独で読むには難しい文章だが、ここまでくればその論理を捉えることも可能になっている。
4日目
- トリアージ社会(船木亨)
- ビッグデータ時代の「生」の技法(柴田邦臣)
- 何のための「自由」か(仲正昌樹)
最初に、3日目の「貨幣共同体」の考察が時間不足だったので、「貨幣」を「言語」に置き換えて、文章の論旨を再展開するという課題に取り組んだ。こうして、考え方を型として把握すると、スキーマとして次の読解や考察に向かう武器となるはずだ。
さて4日目、最終日は共通テストの前日。3日目の5本に比べると少ないが、この3本はそれぞれに読みにくさもひとしおで、2時間という制約は本当にキツかった。
それでも、この3本を併せて読むという企画は、現代社会を考える上で重要な視点を与えてくれる、実に手応えのある比較読みだった。レギュラーの授業の方で、もっと時間をとってやりたかったと、本当に残念に思われた。
我々の社会が、どのような機制に拠って成り立っているか、そしてそれがいかに我々の気づかぬうちに我々の「生」を規制しているか。
そしてそれはみんなにとって実におなじみのあの校是「自主自律」にも深く関わることでもある。我々の「主体性」や自律という感覚が幻想かも知れないという近年あちこちで見られる主題については、小坂井敏晶の文章などでも触れてきた。
せわしなく、あっという間に過ぎて、それでいて長い時間を過ごしたような、凝縮された議論の展開する、実に充実した4日間だった。
参加してくれたメンバーに感謝します。
これをこの次の新入生たちの授業にどう活かすかは、私の今後の課題です。