2026年1月27日火曜日

視点を変える12 メディアがつくる身体1 一文要約

 「メディアがつくる身体」を読む。

 「鳥の眼と虫の眼」は「一文要約」や「問いを立てる」といったメソッドがまるで使えない文章だった。それでもう一つの常套手段「対比」をとっかかりとして文章を探ったのだが、それはそれで、だから簡単に読めるようになったとも言い難い。あれほど多様な対比が複雑に入り組んだ文章は珍しい。

 さて「メディアがつくる身体」はどうか。

 「鳥の眼と虫の眼」では歯が立たなかった「一文要約」は、こちらでは有効だ。

 一文で要約するというのは、その文章の主題材と結論を端的に、簡潔に組み合わせることを意味する。

 となると考えられる主語は何か?


 なんのことはない、候補となるのはまず「メディア」か「身体」だ。この安易な発想は有効だろうか?

 それぞれを主語とする一文を作ってみよう。

メディアは、その進歩にともなって人々の身体イメージを変える。

身体は人々が手にするメディアによって、そのあり方(機能・イメージ)を変える。

 ほとんど題名を文にしただけだが、確かにそういうことを言っている文章だ。

 試みにAIに依頼してみる。「メディア」「身体」以外の主語も考えるようにと条件を付けて、10個ずつ。


ChatGPT

1. メディアは、人々の欲望を拡張しながら社会的身体の在り方を組み替えていく存在である。

2. 社会的身体とは、メディアを通じて形成される学習された能力と期待の集合である。

3. 新しいメディアの登場は、生物的身体ではなく社会的に構築された身体像を変容させる契機となる。

4. 人々は、メディアによって外部化・拡張された能力を前提とする社会に適応して生きている。

5. 社会は、特定のメディアを使いこなす身体能力を人々に当然のものとして要求する。

6. メディアの利用は、一度社会に埋め込まれると後戻りできない約束として固定化される。

7. 身体の拡張とは、生物的進化ではなく振る舞いや期待や制度の変化として生じる現象である。

8. 現代の身体は、メディアによって機能を付加された象徴的な義体として存在している。

9. メディアをめぐる不安は、身体や精神が変えられるという想像を繰り返し呼び起こしてきた。

10. メディアが更新するものは、人々の行為だけでなく身体や世界に関するイメージそのものである。


Gemini

1. メディアは、人々の「社会的身体」を絶えず解体し構築する。

2. 社会的身体は、メディアを通じて獲得される文化的な身体イメージを指す。

3. 現代社会は、メディアによって拡張された身体能力を人々の前提とする。

4. 人間は、新しいメディアを使いこなすことで自らの身体機能を外部化していく。

5. 新しいメディアの登場は、社会が個人に期待する振る舞いや作法を変容させる。

6. 一度社会に埋め込まれたメディアの機能は、もはや容易に手放せない。

7. 私たちの身体は、メディアを伴うことで象徴的な「義体」へと進化する。

8. 社会制度の更新は、メディアによる身体能力の拡張を前提に進行する。

9. メディアの定着は、単なる欲望の充足にとどまらず新たな欲望を創出する。

10. 技術環境への適応は、私たちの世界観や社会観をその都度アップデートする。

 いやはや時間をかければこれくらいやれるだろうが、これを一瞬で出力してくるから敵わない。

 それぞれ、原文の微妙に違った断面を切り取って見せている。いちいち、うん、そういうこと言ってるよなあ、と思う。


 授業では「二文要約」を課したが、上記のAI要約のどれか二つを、なるべく内容の重複を避けて取りあげればよさそうだ。


 さて「対比」はどうか。

 主要な対比が「生物的身体/社会的身体」であることはすぐわかる。しかも「ではなく」型の対比だ。ということは「社会的身体」がどういうものかを把握することが求められているわけだ。

 それを説明するために、文中から関連する言葉をあれこれと挙げた。

 イメージ・観念・機能・能力・振る舞い…(「予期の織物」「象徴的な義体」も挙がるが、この二つは集中的に考えたい表現なので後述する。)

 これらをすべて使って説明する。

 「生物的身体」が血や肉や骨でできた物理的(生物的と言いながら)であるのに対し、「社会的身体」は「観念」的に「イメージ」されたものだ。それは、どういうはたらきをするか(機能)、何ができるか(能力)、どのように振る舞うかによって把握(イメージ)される。

 そしてそれはメディアによって社会に接続し、コミュニケーションによって形成される。


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