読み比べのために、共通点を探し、対応関係を定位していくという以外の方法がある。評論では何度か使ってきたやり方だ。
「無常ということ」と「場所と経験」には共通点が見出せない。どうやって比較したか?
対比だ。
それぞれの論の対比をとり、その対比同士が対応しているかどうか、と考えたのだった。もちろん対比の中に共通要素があれば、対応もすぐにそれとわかる。だが、直接的な共通要素でなくとも、対比の上下(例えば「肯定的/否定的」)を揃えて並べれば、それぞれが対応しているかどうかを考えることができる。
さて「舞姫」と「山月記」で、それぞれどのような対比を見出すことができるか?
物語の構造分析でしばしば用いられる手法として、物語中の空間を対比的に捉えることがある。位相的=トポロジカルな把握、といってもいい。
「舞姫」の物語には位相的な空間の対比が設定されている。その対比を、抽象度の違いに応じて「大/中/小」三段階に分けて抽出してみよう。
みんなからすぐ挙がったのは「日本/ドイツ」という対比。
豊太郎は日本からドイツに来て、最後に日本に帰る。勘の良い人はここで「ドイツ留学」が豊太郎にとって「虎になる」ことだと考えられると気づくかも知れない。
これが「大」だ。「中/小」を挙げる。対比においては抽象度を揃えることが重要だ。ここでは指し示す範囲、といってもいい。
何か?
「公使館」「大学」「モンビシュウ街」など、あれこれの場所や地名が挙がったりもするが、やはり問題は対比構造を成立させる対立要素が明確であり、抽象度が統一されているという条件に適ったペアを見つけることだ。
「舞姫」において象徴的な空間の対比が「ウンテル・デン・リンデン/クロステル巷」であることは、ドイツに着いてすぐのウンテル・デン・リンデンの描写と、エリスが登場する場面のクロステル巷の描写を読んでみれば明瞭に感じられるはずだ。
そしてとりわけその対比を象徴する場所は「ホテル・カイゼルホオフ/エリスの家」だ。
大 日本/ドイツ
中 ウンテル・デン・リンデン/クロステル巷
小 ホテル・カイゼルホオフ/エリスの家
とはいえ「ウンテル…」も「カイゼルホオフ」も「ドイツ」にあるのだから、この三つのペアが同じ対比として並列されるのは理屈に合わない。
だがもちろんこれらは物理空間としての対比ではなく、象徴としての「場所」の対比、意味の対比だ。
いったいどのような?
一方の「山月記」における空間の対比を考えよう。
「山月記」にもあれこれの地名が出ないこともないが、それらにいちいち注意を払う必要はない。実は「山月記」の文中には空間的な対比的は、明示的に登場しない。
だから本文から探そうとせず、物語全体を俯瞰して、物語の構造を示す空間・場所を表現しようとすれば、その一方が、題名にもある「山」だと気づく。それは李徴が虎になるときに駆け込んだ空間であり、現在虎として過ごす場所だ。とすれば、その対比を表す言葉は「里・街」とでもいっておこう。
里・街/山の中
「山月記」は「虎になる話」、つまり空間的には左から右に移行する物語だ。対比を重ねれば、「舞姫」は左から右に行くが、最後には左に戻る、ということになる。
つまり「舞姫」とは、豊太郎が〈人間〉からいったんは〈虎〉になり、再び〈人間〉に戻る話なのだ。
「虎になる」とは何のことか?
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