2025年3月4日火曜日

舞姫 28 比較読解「こころ」2 人物の関係

 「こころ」と「舞姫」の登場人物を対応させて、物語の骨格を示す。だがAに示した4人を入れ替えて全員を対応させるのは難しい。4人の中から3人を選び、その対応を考えよう。比較のために、どちらかを固定しておくのが良い。「舞姫」の①豊太郎、②相沢、③エリスを固定し、「こころ」の人物を入れ替える。④老媼を登場させるアイデアは今年も出なかった。

 かつて生徒から提出された対応関係のアイデアを紹介する(だがやはり今年も皆の中にこれらを発想した人はいた)。

 ① K ―豊太郎

 ②先生 ―相沢

 ③お嬢さん―エリス

 これはどのような物語把握に基づいた対応か?


 こうした対応に基づく物語把握を一文で表す。

・①が③に心惹かれて求めようとするのを②が妨害する

「こころ」

Kがお嬢さんに心惹かれて求めようとするのを先生が妨害する

「舞姫」

豊太郎がエリスに心惹かれて求めようとするのを相沢が妨害する

 それぞれの物語を、恋愛に係わる駆け引きという点から捉えている。


・①が③によって「道を外れる」のを②が引き戻す

「こころ」

Kがお嬢さんによって「道を外れる」のを先生が引き戻す

「舞姫」

豊太郎がエリスによって「道を外れる」のを相沢が引き戻す

 多くのクラスで同様の表現が提起された。おそらくKにおける「道」というキーワードを想起したとき、それが豊太郎にとってのエリートコースをも指しうることに気づいて、いける、と思うのだろう。

 ここで興味深いのは、そんなことをする②の動機だ。②は純粋に①のためを思う友情から①を引き戻すのだろうか? もちろん「こころ」の「私」はそうではない。そこには私利がある。そして相沢は? これは興味深い問題として後で振り返る。


 次の対応はどのような構造を示すか?

 ①お嬢さん―豊太郎

 ②先生 ―相沢

 ③ K ―エリス


 Bに比べ、「こころ」の①と③が入れ替わっている。

 この対応をたとえば「①と③の関係を②が妨害する」などと表現することは可能だが、同時にこの表現はBにもあてはまる。BとCでは「こころ」の①と③が入れ替わっているだけだから、「①と③の関係」というふうに①と③を並列させる表現では、どちらも同じことになってしまう。

 だがKと豊太郎を対応させる把握(B)と、お嬢さんと豊太郎を対応させる把握(C)が同じであるはずはない。別の表現においては、その適否が問題になるはずだ。

 例えばどのような表現が可能か?


 クラスによって様々な表現が提案された。

  1. ③の①への思いを②が妨げる
  2. ②は①といたくて③が邪魔になる
  3. ①が②を選んだせいで③がダメになる
  4. ①は②と③の選択を最後まで明かさない
  5. ①と②の関係に③が介入し①が選択を迫られる

 1はBと同じだからいいとして、2はその「妨げる」動機について述べている。「先生はお嬢さんといたくて」はいいとして、「相沢は豊太郎といたくて」はどうか。これもまた相沢が豊太郎と日本で仕事を一緒にしたがっていることを指していると考えればあながち言えない表現でもない。

 5は面白い。まずは「①と③の関係に②が介入し」と言いたくなる。先生はお嬢さんとKの間に介入しようとしているし、豊太郎からすれば自分とエリスの間に相沢が介入して事態が複雑になっているのだ。1が示しているのはそれだ。

 だが5はそうではない。豊太郎と相沢の関係にエリスが介入しているというのだ。なるほど、豊太郎がエリートコースを歩んでいるうちは、相沢とは学友同士として安定した関係でいられたはずなのだ。

 だがそうか? エリスの存在によって豊太郎は相沢と道を違えたのか?

 「山月記」との比較で考察したのは、豊太郎は自我の目覚めによってこそ道を外れたのであって、エリスとの出会いはその後だ。もちろんエリスとの出会いがなければ豊太郎の惑いも一時のものだったかもしれないとも言えるが。

 一方「こころ」においては「お嬢さんと先生の関係にKが介入して、お嬢さんが選択を迫られる」というのは何のことか?

 これは教科書よりも前の部分の話だが、そもそもは先生が下宿していて、お嬢さんに好意を持っていたところへKを居候させることになって、お嬢さんがKに惹かれていかないか、先生は気を揉むようになったのだ。先生からするとKは自分よりも意志も強いし頭も良いし背も高いし、顔だって女にもてそうに思えている。つまり5は先生の主観による状況把握を表現しているといえる。


 こんなふうに、どちらかの物語の一断面を表現して、それをもう一方の物語に適用できないかと考えてみることが、それぞれの物語について考えることになる。

 それが物語の意外な一断面を浮かび上がらせるのも楽しい。


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